【J-POP PLAYBACK】昭和から平成の年代別邦楽ヒット曲


J-POP Pick Up!


1972年(昭和47年)4月10日発売 / 作詞: 山上路夫 / 作曲:平尾昌晃


4枚目のシングル。デビューシングルにして大ヒット作となった「わたしの城下町」同様に、国鉄のディスカバー・ジャパンキャンペーンの路線を踏襲したご当地ソング。
「お嫁になんか行きません」と発言した小柳を、じゃあせめて歌の中で嫁に出そうという遊び心で誕生した歌である。瀬戸内海の離島を舞台にしているが、現実の特定の島をイメージしたものではない。
「若いと誰もが心配するけれど 愛があるから大丈夫なの」という歌詞は、上の世代から「愛だけで結婚するから失敗するんだ」とダメ出しを大いに受けたが、曲は80万枚のヒット。子供にも受けて、「瀬戸ワンタン 日暮れ天丼」と替え唄も流行した。
岡山県・香川県・愛媛県のJRの複数駅で発着メロディーとして使われている。


2009年(平成21年)10月21日発売 / 作詞:鬼龍院翔 / 作曲:鬼龍院翔


7枚目のシングル。
「あれ? この曲って2010年代なんじゃ?」と思ったなら、まさにそのとおり。発売こそ2009年(平成21年)だったが、発売週のオリコン週間チャートでは77位と振るわなかった。
これがヒットを飛ばしたのは2011年(平成23年)。ハウス食品のエナジードリンク「メガシャキ」CMで、その名も「眠たくて」という替え唄が流れたのがきっかけだった。
その後ロングヒットとなり、2013年(平成25年)年間配信シングル1位の座を獲得、2014年(平成26年)にJASRAC賞を受賞し、NHK紅白歌合戦では2012年(平成24年)から4年連続でこの曲が歌われた。2016年(平成28年)の紅白は落選し、メンバーの樽美酒研二は「これで女々しくてバブルは終了です!」とブログで綴った。


1997年(平成9年)8月1日発売 / 作詞:篠原ともえ / 作曲:嶋紀之


1996年(平成8年)に一世風靡した安室奈美恵のファッションを真似するアムラーに続いて、その対極ともいえる個性的なポップファッションで話題を攫った篠原ともえの「シノラー」。
ダミ声で「ぐふふ〜」語尾に「ですぅ〜」、そして甲高くキャーと叫んでみたり天真爛漫(?)のおふざけ意味不明っぷりは、楽曲にもしっかり表れている。
彼女の5枚目のシングルは、コミックバンドのノイズファクトリーとのユニットでパンクバンドを結成して、バンドメンバー全員シノラーファッションといういでたちでのリリースとなった。学生援護会(現・インテリジェンス)アルバイト情報誌「an」CMとのタイアップゆえに、海の家で夏の短期バイトをする内容になっていて、MVも江の島海岸の海の家で撮影された。


1980年(昭和55年)9月21日発売 / 作詞:宮下智 / 作曲:宮下智


2ndシングル。江崎グリコ「アーモンドチョコレート・セシルチョコレート」CMソング。CMでは、山梨県の清里高原の真っ赤な電話ボックスで出会った田原と松田聖子が、街角散策の途中で再会し、恋が芽生えるという初々しいカップルぶりを好演。
キュートさを前面に押し出したオールドジャズタッチの曲で、お世辞にも歌唱力があるとはいえないのに、妙に耳に残る曲。この曲で田原は初めてオリコン1位を獲得し、この年の日本レコード大賞では松田聖子と賞レースを争い、彼が最優秀新人賞を獲った。


1974年(昭和49年)6月1日発売 / 作詞:千家和也 / 作曲:都倉俊一


5枚目のシングル。
デビュー曲での清純路線がイマイチだったため、2ndシングル以降はキワドイ歌詞で攻めるいわゆる「青い性路線」でアイドルとしての人気を確立した彼女。この曲で初めてオリコン3位に躍り出た。
なによりも歌いだしの「あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ」というドキッとさせられる歌詞が圧巻。同世代や大学生に限らず大人世代もの人気を獲得して、この曲でこの年の紅白歌合戦にもトップバッターとして初登場を果たした。ちなみに対戦相手は同じく初登場の西城秀樹。
彼女の初期の代表曲であり、後年にリンリン・ランランをはじめ、田中美奈子 、PUFFYなど数多くの歌手にカバーされている。

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